タイ駐在員の個人所得税
2025年10月16日
タイ駐在員の個人所得税──見落とされがちな「日本払い給与」の扱い
タイに駐在して数年、初めて個人の確定申告を意識したとき、最初に驚いたのが
「日本から支払われる給与もタイで課税対象になる」という事実でした。
私は2014年にバンコクで日系企業の経理支援を始めた際、数多くのタイ人経理スタッフと接しましたが、
この点を正確に理解している方は決して多くありませんでした。
「日本の本社で支払っている分は日本の所得税で処理しているから、タイでは関係ないですよね?」
という質問を受けたことも何度もあります。
実際、タイ側の会計担当者に確定申告を依頼した結果、
タイ国内で支給された給与だけで申告してしまうケースが少なくありません。
これは、日タイの税制構造を理解していないことから生じる典型的なミスです。
日本払い給与も「タイ源泉所得」に含まれる理由
タイの所得税法では、居住者(タイ国内に180日以上滞在する個人)について、
タイ国内源泉所得に加えて、国外から受け取った所得でも
「タイ国内に持ち込んだ分」は課税対象になると定められています(歳入法第41条)。
つまり、日本本社から直接個人口座に振り込まれていても、
駐在員としてタイで勤務している限り、それは「タイで得た対価」とみなされるのです。
この考え方は、国際税務の現場でも度々問題になります。
特に「給与の支払地」ではなく「勤務地」に着目する点がポイントです。
私が関わった企業でも、当初は日本払い分を除外して申告していたものの、
後に歳入局の調査で指摘を受け、数十万バーツ単位で追加納税を求められた事例がありました。
タイ人経理スタッフからすると、海外払い給与は感覚的に“国外所得”と思われがちですが、
実際の税務上の扱いは異なります。

KPMGも指摘──当局による日本払い給与の調査強化
この問題は私個人の体験だけではありません。
国際会計事務所KPMGが発行した『メコン川流域諸国の税務』でも、
タイ歳入局による日本払い給与の調査が近年増加していることが明記されています。
特に外資系企業の駐在員を中心に、申告漏れや過少申告のケースが多数指摘されており、
企業側の内部統制にも影響を及ぼしています。
背景には、近年の電子申告(e-Filing)普及によるデータ連携の強化があります。
タイ歳入局は銀行送金や社会保険情報を通じて、海外給与の支払い有無を間接的に把握できるようになりつつあります。
そのため、以前のように“見過ごされる”時代ではなくなっています。
グロスアップ計算と実効税率のズレ
もう一つの盲点は、グロスアップ計算の理解不足です。
多くの企業では「税引後で一定の手取りを保証する」形で駐在員給与を設計します。
このとき、企業が代わりに所得税を負担する場合、税額そのものも課税対象に含まれるため、
税額を含めた“税引前総額”を再計算する必要があります。
例えば、タイでの所得税率が30%の場合、
100万バーツの手取りを保証するには単純に100万÷0.7=約142万8千バーツを
支給総額として計算しなければなりません。
グロスアップを正しく行わないと、企業負担が予想以上に膨らんだり、
駐在員本人の課税所得が過少申告になるおそれがあります。
実際、私が支援した製造業のクライアントでは、グロスアップ計算を行わずに支給していたため、
後に源泉徴収漏れが判明し、半年分の追徴税を支払うことになりました。
この経験以降、同社では給与設計段階からグロスアップ前提の試算表を作成する運用に切り替えています。
駐在員本人ができるリスク回避のポイント
では、実務的にどう対処すれば良いのでしょうか。
まず第一に、日本本社の人事・経理部門とタイ現地の会計担当が情報を共有し、
年間の「日本払い・タイ払い給与明細」を統合管理することです。
どちらの国でいくら支払われているのか、為替換算後の総額はいくらなのかを
年末時点で把握しておく必要があります。
第二に、タイでの確定申告(PND90/91)を現地の会計事務所に依頼する際には、
「日本払い分を含めて申告してほしい」と明確に伝えること。
依頼時点で「国外所得=課税外」と誤認されるケースを防ぐため、
勤務地ベースで課税される仕組みを説明しておくと良いでしょう。
第三に、税負担の公平性を確保するため、企業としても「グロスアップ前提」での年収設計を検討することです。
これにより、駐在員本人が不意の追徴を受けるリスクを減らし、
手取り保証を実質的に維持できます。
タイの税務は“申告主義”──知らなかったでは済まない
タイの個人所得税は自己申告制です。
税務署から指摘を受けた際に「担当者が知らなかった」と説明しても、
免責されることはほとんどありません。
私が印象的だったのは、ある日系企業の社長が
「そんな細かい話、誰も教えてくれなかった」と苦笑しながら追加納税の書類に署名した場面です。
悪意はなくても、制度を知らないだけでリスクを抱える──それが国際税務の現実です。
駐在員としては、自分の所得の全体像を把握し、現地の専門家に相談する姿勢が何より大切です。
税務は「正しく知ること」からしか守れません。
特に日タイ間の所得関係はグレーな部分も多い分野ですが、
基本を押さえるだけでもリスクは大きく減らせます。
経験者として断言できるのは、「知らなかった」では済まされないということ。
そして、正しく理解しておけば、タイでの生活もずっと安心して送れるということです。
